195.パラレルワールドの終焉

  • 2022/10/03(月) 14:30:00

「誰も『本来の日本』を知らない。」

そんな時代がまもなくやって来る気がしている。

本来の日本』とは、太平洋戦争へ突入する直前までの日本が、
戦争を経たにしろ、そうでなかったにしろ戦後の焚書を免れて、

それまでの日本らしい国家観や歴史観、文化や国民感情、生活感や情緒などを、
そのまま素直に引き継いで今日を迎えた場合の「日本」という意味である。

江戸から明治、大正、昭和と紡がれてきた日本文化の営みと発展、近代化の流れ、
営々と培われてきた日本国民の民族的独自性、特質、特異性を保持したままの日本と日本人。

その日本は、大量の焚書と情報統制によってSFでいうパラレルワールドのように造り替えられ、
似て非なる姿の新たな日本に変えられて今日を迎えた。

戦後のGHQによる国体の破壊と改造、改変と国民感情の分断への介入が、
それまでとは違った日本と日本人を創り上げようとして、

占領政策という文化変成の圧力によって憲法や選挙ばかりでなく、
教育現場や歴史的認識、放送やメディアの内容にまで強烈に作用した。

評論家の西尾幹二氏によると焚書対象となったのは、
昭和3~20(1928~1945)年に出版された約22万タイトルの刊行物のうち、7769点だったという。

そこには「皇室」「国体」「天皇」「神道」「日本精神」といった標題・テーマの本はもちろんだが、
およそ思想的には問題ないと思われる本も多数含まれていて、

歴史や文化の一貫性と継続性がそこで大きく損なわれ、分断され、
国民の認識や知識の継続性が遮断され、あたかも新しく接ぎ木するように国民性が捏造されてしまった。

昭和9年ハチ公像
〈※昭和9年ハチ公前の様子〉
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〈※アサヒグラフ、昭和13年頃〉

戦前の全てが良かったと言ってる訳ではなく、
甘いかも知れないが「自分達自らの手で戦後の日本も紡ぎ続けたかった。」と思うのだ。

戦前の多くの文化遺産を知らぬ間に失って、戦後へ引き継がれなかったのだから、
それらに接し、内容を評価する事が今の日本人にはもはや不可能に近い。

変わらなければならないところも多くあっただろうし、
良くない点、改善しなければならない点もたくさんあったことだろう。

学徒出陣式-2
〈※明治神宮外苑競技場での学徒出陣行進、昭和18年10月21日〉
知覧基地の少女達-1
〈※八重桜を振って特攻機を見送るなでしこ隊の女学生達、昭和20年4月、旧陸軍知覧基地〉

しかし、
それは出来れば日本人の力で変わっていきたかったところを、
自分達が触れないままに大きく変えられてしまったのだ。

他者、他国の軍事的強制力で変えられた日本、
変わらざるを得なかった新な日本になって早70年以上が経ってしまった。

太平洋戦争前夜までの日本民族が造りあげてきたこの国の民族的独自性をいじくられ、
自分達の思うように国家を発展充実させて推し進めることは叶わなかった。

本来の日本人が、日々、自然をどういう情緒で受け止め、どういった死生観で神仏を尊び、
祖先を敬い、どんな愛国心で国を思い、家族を思い、親を思い、子供を育て、

仕事を愛し、将来を展望し、夢を抱き、人生を謳歌し、
人として生きることといかに向き合って暮らしてきたのか。

私達は、その姿をまじまじと感じながら子供達と共に語り合い、
それにつなげて生き、なるべき姿の日本の将来へと順当に至るはずだった。

そうした過去を知る術を、情報を、思想を、智恵を、記録の多くを、
国民の多くが気づかぬうちに取り上げられ、隠され、廃棄されてしまった。

それが「戦後の焚書」なのだ。

戦争終結後、密かに(?)かき集められ捨てられた書籍の持つそうした本来の力が失われたことで、
この国の姿と国民の意識や精神性、社会の情景がパラレルワールドへと変えられてしまった。

現代の日本と似て非なる、本来過去からの歴史が連綿と息づいて繋がっている「本来あるべきだった日本」、
今とは異質な「本来なるべきだった日本」がかつてこの国の将来にあって、

今、その「日本」は私達とは違う隣のレールへと移されてしまっていて、
加速度的に相違点を増しながら我々から遠ざかっていきつつある。

私達は今、
気づかぬ内に【他人に作られた日本】という別の列車に乗せられていて、
過去から続いてきた日本らしい日本、伝統的な日本、日本人らしい日本人とは別の、
異質の国柄へと至るレール上をひたすら疾走しているのだ。

まだ70年ほどしか経っていないためレールはほぼ平行に並んでいて、
それほど違ってるようには見えないが、列車は並走しながら少しずつ離れ始めている。

いずれレールは分岐点を迎え、
列車は互いに離れて永遠に違った世界へと突き進んで行くことになるだろう。

今、違う未来へと向かって走る隣りの車両に戦前の日本人がたくさん乗っていて、
素朴で穏やかな笑顔でこちらに向かってにこやかに手を振っているのが見える気がする。

彼らは私達に何かを伝えようとしているが、
その時間も手段も気づかぬうちに取り上げられ、隠され、捨てられてしまった。

レールの分岐点が来て列車が互いに離れ明らかに遠ざかり始めた時、
どれほどの人間がそれと気づけるだろうか。

戦前の日本人がどんな人々だったのか、
どんな様子で暮らしていたのかが、霧の向こうへと遠ざかり消えていく。

その前に、列車の窓ガラス越しでもいいから、
彼らの伝えようとしている〈本来なるべきだった日本〉のことを、
少しでも読み取リ、感じ取りたい気がする。

大和民族としての歴史と意識の分断を最小限にとどめるために、
焚書された何冊かを読み、そのことでかつての日本人と交流し、会話し、空気を感じ、

私達の国が、本来、どんな国であろうとしていたのかに気付いて、
日本の将来を論じ合う時間を少しでも作らなければと思う。

しかし、
団塊の更に先の世代を乗せた車両は既に、
もう語り合えないほど遠い世界へと離れ去ってしまっているし、

ネット世代が次々と育って社会の捉え方が変わりつつあって、
懸命に自分達なりの国を造り上げる時代が来ている。

その間に、私にもそうした分岐点が近づいている気がして、
掘り起こされた焚書を何冊か読んでみるのだが、

旧仮名遣いと旧漢字の壁は予想以上に難しく、
文章を読みこむのはなかなか容易ではない。

誰か現代語に訳してもらえないかと他力本願なことを考えるが、
そこまでの気力がおぼつかない自分自身もまた情けなく、

思うように時代をさかのぼり、時を飛び越えていって理解することは意外と大変で、
まして全ての国民がこれらの焚書を自由に読み込むことなど不可能であるだろう。

「焚書」という蛮行が如何に一国の文化や歴史、民族性の継続や精神性を傷つけ、
長くその国の正常な発展を阻害するものになり得るかということに改めて恐怖を感じる。

それが今、ウイグルやチベットで起こっていることでもあるのだ。

それでも少しでもその傷を癒し、埋めもどす努力を続けなければと、
たどり着いて見つけた情報を下に張り付けておきます。

しかし、正直、もう取り返しが効かない領域にまで入りつつあるのを感じるばかりで、
列車は互いに容赦なく離れ始め、急速に二つのパラレルワールドの分岐点が近づいている。

もうすぐ私達は、本来至るべきだった独自の日本の将来の姿を見失うことになるのだろう。

今となってはもう、
この歴史的衝撃が結果的に日本の為に良い方向に働くことを願うばかりなのです。

もし時間がありましたら、あなたも試しに何冊か読んでみて下さい。

過ぎ去った時間と空間のあまりの大きさに、悲しくなるかも知れません。



ネットで読めるGHQ焚書シリーズ
※【歴史逍遥『しばやんの日々』】ブログより引用させていただきました。<(_ _)>
各ブログ頁の下の方に、各書籍へのURLが記載されています。
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その1 あ行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その2 か~き行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その3 く~け行 
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その4 こ行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その5 さ~しゅ行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その6 しょ~しん行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その7 す~せんご行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その8 せんじ~そ行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その9 た行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その10 ち~と行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その11 な~にっ行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その12 にほ~の行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その13 は~へ行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書その14 ほ~む行
 ⇒ネットで読めるGHQ焚書最終回 め~わ行 

レールの分岐点ー2




次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>

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