150.「御託(ゴタク)」を並べる人々

  • 2021/09/12(日) 13:40:00

この頃、つくづく思うのだけれど、

世に言う、
「左派」とか「パヨク」、「リベラル」とか「民主」、「立憲」や「共産」といった分類のワード。

いろいろな看板やレッテル、党名や団体・組織・グループ名なのだけれど、

よぉ〜く考えてみると、
こうした分別や区別は、現実的にはほとんど意味をなしてない気がするのだ。

つまり、
「無駄な区別」だと思うのである。

彼らの言ってることを聞いてると、それぞれもっともらしく主張してるのだが、

そこには嘘やこじつけが多く、大袈裟や屁理屈が中心で、
真面目に聞くにたる重要な真実などがあった試しがないものばかりなのだ。

「頭が悪い」というべきなのか、「根性が悪い」と言うべきなのか。
「嘘を平気で言う」というべきなのか、それらの全てだと言うべきか。

左派と言っても、共産主義者といっても、リベラルとか野党・立憲とか言っても、
あるいはTVでコメントしてる小金稼ぎ虫(コメンテーター)達もほとんど同様なのだが、

言ってることがどいつもこいつも手を替え品を替えた嘘混じりの、
与太話」ばかりで全く聞く時間が無駄な連中ばかりなのである。
[※与太話= よた‐ばなし。出まかせのつまらない話。でたらめの話。(Weblio調べ)]

つまり、
何と言えばいいかわからないが、そいつら全てを包括する一つのジャンル(?)、
一つのレッテル(?)のようなもので済む(一括管理)ような気がするのだ。

そんなことを考えていた時、
期せずして心に浮かんだのが「御託(ごたく)」と言う言葉。

[※御託= 《「御託宣」の略》自分勝手なことをもったいぶってくどくど言うこと。偉そうに言いたてること。また、その言葉。(Weblio辞書調べ)]

結局そういうことなのだ、連中は。

どれも皆同じように聞くに値しない、嘘混じりの、身勝手な屁理屈の連射を繰り返す、
一連の訳の分からない連中の一団でしかないのだ。

例えば評して、
ヨタマン」、「ヨタロン」、或は「ゴタ君」、「ゴタマン」とでも呼べばいいのではないか。

あるいは、
「火宅の人」ならぬ「御託の人」とかサ。( ̄(エ) ̄;)

(※ただ、悪口を言いたいだけではなくて、
 いちいち区別してもあんまり意味無いんじゃないか、と言いたいだけなのだ。)

政府のやり方に片っ端から反対し、
国会から町内会まで会議という会議の邪魔をしては紛糾させ、

まともな社会の平和と連携、調和と安定を乱し、
国家・社会の足を引っ張ることに生甲斐を見ているような連中。

あるいは、100年経った今も、
そんな主義主張で成功した国などない「共産」を標榜して政党を立ち上げ、

社会体制の破壊を目指してしつこく騒ぎ立て、
幻を見続け失敗し続けているのに諦めない連中。

彼らを何と呼べばいいだろう。

そういう連中はマスメディアの中にもたくさんいて、
マスゴミと言われながら社会の正常な進歩・発展を嘘まで持ち出して阻害し続け、
不安を煽り、分断を生み出そうと世論を毒し続けている。

一見、
レッテルが違えば屁理屈が違い、言い訳が違い、嘘と批判の仕方が違うように見えるけれど、
本質的な無責任さ、非論理性、甘えの意識構造、下品さや身勝手、嘘つきなのは面白いように似ている。

そういう連中をこれからは私の中で一括して「ゴタ君(分類)」くらいで呼ぼうと思うのだ。

なまじっか真面目に聞いてしまうと、
「理論的」だとか、「情熱」や「優しさ」を感じるとか、
「人権だ!」・「不平等だ!」・「差別だ!」・「被害だ!」という言葉に釣られそうになるけれど、

何のことはない、
単なる大袈裟で迷惑な勘違い人間ばかりでお騒がせだから「サワギスト(騒ぎ人)」っていうのも、
案外良いかも知れない。(※ちょっとカッコ良過ぎかぁ?)

とにかく、
いちいち分類してるのもメンドくさいし、
真面目に取り合ってると、時間が無駄なのだ。

論理的矛盾点をしっかりと抑えた上でその程度の分類に済ませて、
放置しておけばいい連中だということにもっと早く気づけば良かったと、
つくづく思う今日この頃なのである。

では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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