116.傾きはじめた天秤

  • 2021/03/17(水) 06:10:00

僕の話は最近、
報道についてのものが多いかも知れない。

それは一番身近で、一番強く影響を感じるからだろうか。

僕達、一般国民にとっての数少ない情報源であり、

そのため、
ある時は洗脳装置ともなりうるし、
自分の「現在地」を確かめる為の六分儀みたいなもので、

精神的にどうしても依存せざるを得ない「現実感の根拠」そのものなのだ。

それだけ影響力が強く、完全に無視することも難しく、
時には振り回されてしまうものだからなのだろう。



この頃、つくづく思うのだが、
そうした「報道」の持っている国民の世論を構成する力が、
どんどん弱まってきていて、

数少ない本物のジャーナリスト達の発信する情報や見解、
ネットでの膨大な数の素直な反応の数々によって、

人々の受ける現実感の中身が大きく変わってきているのを感じるのだ。

NHKが中国電視台と一体となって嘘を捏造して番組を造って放送し、
民放TVのほとんど全てに朝鮮人が入り込んで日本人のお花畑感を過剰に演出する。

朝日新聞はもう十何年も前から情報を意図的に操作する会社だとバレてしまっていて、
その他の新聞社も売れ行きがひどく落ちて青息吐息であがいている状態だ。

つまり、
既存のメディアのほどんどが「マスゴミ」だと確信を持たれてしまい、
その世論構成力を急速に失い始めているのを感じるんだ。

「そんな事は、もう何年も前からとうに言われてる事。」で、
あなたは今更だというかも知れない。

そうなのです。
もう天秤はどんどん傾きはじめているんです。

そして今、
その最後の一押しが必要なのが、「情弱層」なんです。

ネットを知らないおじいちゃん、おばあちゃん。
新聞を取り続けるのんびり父さん、おっとり母さん。
たまにしか会わない叔父さんや叔母さん。
政治に関心を示さない姉ちゃん、兄ちゃん。
何にも考えてない友達や彼女。

そういった新聞に騙され、TVに目をそらされ、
嘘と捏造と印象操作によって楽天的な雰囲気の世界に生きてる最後の迷子達。

そういう人達を放っておかないで、
真のジャーナリストや評論家の発言を聞いてもらい、
専門家や内部告発者の生の声を知ってもらい。

覚醒し始めた多くのネット民の本音や本質的な怒りに触れてもらって、
情報覚醒の最後の一押しをする補助の役目と責任が僕達にはあると思うんだ

情報弱者の割合は現在、社会の何%になるのかはよくわからない。

でも、
その最後の何%かが自分でネットに情報源を求めてつなぎ
ブラウザーを立ち上げたり、YouTubeを開いて検索をかけるまで、
僕達はのんびりと何もせずに待つつもりかい?

違うのさ。
その人達の数%をオセロのようにひっくり返すのは僕達の役目なんだと思うのさ。

でも、
僕らはけして宣教師や伝道師、教祖や指導者なんかじゃない。

単にほんの少し早くまともな情報に出会っただけの人間に過ぎない。

だから間違っても「偉そうに教えてやる」感に浸って、
説教調で話をしてはいけない。

あくまでも、
楽しく、ためになる「宝物」を見つけた体で、
やんわりと、急がずに、あくまでも優しく、気長に、

ネットの世界へ連れてきてあげると良いと思うんだ。

それがまともな「投票」につながり、まともな「議員」につながり、
まともな政治につながっていくんだと思う。

志村さんの変なオジサンみたいに、
ネットは、良いよナァ〜!?」って言いながら、
にじり寄ってく感じで、、、って、どんな感じヨ、それ?(^_^;)

ねえみんな、そうしようヨ!

では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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113.TVの見方

  • 2021/03/04(木) 16:00:00

前回の更新後に、
我ながらひどくまどろっこしい言い方に終始してしまって、
いったい、何が言いたいんだ!」とお叱りを受けそうだと気がついたので、

今回の話の前に、
まず前回の内容を簡単にまとめ書きをしておきます。

①もし、ジャーナリズムというものが社会正義を実現する存在だとするなら、
真のジャーナリストと呼べる人物を限定して考える必要がある。
(全てのジャーナリストがその任に該当していると考える必要は無い。)

②私に言わせれば真のジャーナリストと呼んでいいのは、
藤井厳喜氏とか、有本香氏とか、門田隆将氏とか、大高未貴氏とか、
須田慎一郎氏とか、竹田恒泰氏とか、石平氏といった人々の事で、
(※ほとんど虎ノ門のコメンテーター達じゃないか〜ィ!?(^_^;)

それ以外のほとんどのジャーナリスト達は、あくまでも「自称」に過ぎなくて、
社会正義の実現には何の関係も力も持ってない、

ただのかわら版屋の周囲でおこぼれに預かろうとしている、
単なるにぎやかしに過ぎない
と考えるべきだ。

これが僕の言いたかった事の要旨です。<(_ _)>


では、今回の話題。

この頃、僕はTVを見ている時に、
番組を評価するいくつかの視点を大切にしている。

そして、
その評価基準に満たない場合にはチャンネルを替えて他の番組を探すか、

或いは、
TVを消してもっと他にすべきことを探して、時間を有効に使おうと決めている。

以前はあまりそんなことも考えずに、
暇な時にはただ漫然と惰性でTVを付け、映るに任せていた。

しかしこの頃は、
マスゴミの嘘くささや印象操作、
悪どさやCMの多さにうんざりしてしまって、

特に見たいものがない場合には、
大切な時間を潰してはつまらないのでどんどん消すことにしている。
(※でもこの頃のTV、コロナのニュースには、必ずと言っていいほど
 おどろおどろしいコロナの電子顕微鏡写真みたいのを映し出し、
 ワクチンの話の時には、どうして必ずと言っていいほど、
 注射針を腕に深々とさす嫌な場面をしつこく流すんだろうね!?)( ̄(エ) ̄;)

TV番組の評価基準だが、
①まずもって、全国ネットでわざわざ放送する程の価値がある番組か?
②国民にとって見る価値や意義、必要性がある番組か?
③自分にとって必要な知識や見識、或は、癒しや和みを提供してくれる番組か?


僕にとって「全国ネットで番組を作って流す施設・設備・機材とマンパワー」は、
日本国民にとって、本来、物凄く貴重で、価値あるもの」という強い思いがある為だ。

ダラダラと際限なく価値の無い興味本位のクズ番組を相手にして、
貴重な時間を無駄にする上に、

更に、膨大なCMを見せられる気には、
もう到底なれないからネ。

では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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112.ジャーナリズム”神話” 

  • 2021/03/02(火) 16:55:00

ジャーナリズムというものについて、
私達は、ひどく勘違いしてきたのかも知れない。

社会正義」という言葉があるが、
(※社会正義=人間が社会生活を営む上で、正しいとされる道理。社会的公正とも呼ばれる。)
私達は、いつの間にかジャーナリズムというものにある種の幻想を抱いて期待していたようだ。

ジャーナリストは隠された社会悪を暴き出して勇気を持ってそれを告発し、
社会の不正の諸相を国民の前にむき出しにして見せてくれる。

本来、国家や社会が正常な場合にはどうあるべきか」という「理想の姿」を我々国民に示して、
常に社会を正常な状態へ戻す力(ベクトル)として働く貴重な存在なのだと思ってきた節がある。

だから、「ジャーナリスト」という仕事はとても気高く大切で、
社会悪を見張ってくれていて、嗅ぎ回り、嗅ぎ分け、探り出して白日の下へ晒して、

社会正義を実現するために日夜活動してくれてる立場の人間なのだと考えてきたかも知れない。 

以下は、「ジャーナリズム」と「報道」の一般的な意味合いだが、
ジャーナリズム
=新聞・雑誌・ラジオ・テレビなどにより、時事的な問題の報道・解説・批評などを伝達する活動の総称。
報道
=ニュース・出来事・事件・事故などを取材し、記事・番組・本を作成して、
 広く公表・伝達する行為であり、言論活動のひとつである。
  
しかし、よくよく落ち着いて考えてみると、
この文言の中に必ずしも「ジャーナリズムは社会正義を見守る役割を担う」という、
確かな権威付けや役割、建前や位置づけが有る訳ではない。

つまり、
誰も最初からそんなことを彼らに頼んでもいないし、
そんな立場だと正式に決まってるってもんでもないことに気づくのだ。

元々がそういう職種であるという確たる証拠も権威付も特にあるわけではない。

彼らは自分達で勝手にそう思い込んでるのかも知れないし、
そしてたまには結果的にそういう効果が出ることもあるけれども、

常に社会を見張っていて不正を見つけたら告発してくれるような、
我々にとっての正義の味方で社会悪の監視役的な存在だと決めてかかるものでもないのだ。

つまり、
ジャーナリズム=社会正義の守護神≫などという構図が、確実に存在するわけではない。

ジャーナリズムは、第四の権力」という言葉があるが、
誰も、そんな立場をジャーナリズムという職種に専門に任せたつもりはないはずなのだ。


【コトバンクより】
▶第四の権力=マスメディアは,国民の政治参加を建前とする大衆民主政治
        においては、政治情報の多方向的な伝達者として唯一では
        ないが,不可欠の地位を占めている。
         われわれが受け取る政治の情報のほとんどはマスメディアに
        依存している。
        これが,立法・行政・司法の3つの権力と並んで「第4の権力」
        としばしば呼ばれるゆえんである。

【Tactical Mediaより】
▶第四の権力=通常、国民は三権の活動をリアルタイムに知ることはできません。
         そこで、日々ニュースでその活動内容や問題点を広く
         知らせることで、国民の知る権利を担保するというのが、
         「第四の権力」たる報道機関の使命です。

          国民は、報道機関の報道内容を踏まえて、三権の活動
         内容を評価し、次回の投票に反映していくことになりま
         すので、マスコミなどの報道機関は、立法と行政、司法
         といった3つの権力が正しく機能しているかをチェック
         し、事実を報道する義務があります。

          しかし、昨今、第四の権力である報道機関の存在意義
         が揺らいできています。

          本来、報道機関がすべき「事実を正確に伝える」という
         ことから逸脱し、自らの思想信条のために「事実を捻じ
         曲げ」、あるいは「事実の都合の良い情報だけを切り取る」
         ことで、印象操作をしたり、自分たちにとって都合の悪い
         情報は報道しない「報道をしない自由」を行使したりする
         ケースが目立つようになってきています。

          フェイクニュースという言葉も生まれたように、結果と
         して報道機関が「国民の知る権利」を阻害し、報道機関が
         政治信条に基づき、意図的に国民の考えをミスリードしよ
         うとする動きが活発化してきています。

          その結果、物事の本質を捉えず「木を見て森を見ない」
         ニュースがテレビ・新聞などに溢れている現状です。

          中立的な立場で「事実を伝える」報道機関はすでに
         過去のものになっており、「第四の権力」はその存在意
         義をなくしていると言っても過言ではないでしょう。




つまり、今の社会で起こっている錯覚の一つはジャーナリスト達が、
自分達は、社会悪を告発し、是正する、社会正義の実践者たる存在だ。」と、
勝手に自認してることではないかと思うのです。

常に上目線で国家社会を眺め、
社会正義を守り抜く立場だと勝手に自認しているのを感じるのである。

確かに、
優秀なジャーリスト達が稀にそういう働きをすることはある。

ニクソン大統領をウオーターゲート事件で弾劾まで追い詰め辞職させたのは、
ワシントンポストの二人の記者の手柄だったことは有名な話である。

取材を重ねて隠された不正と真実を暴き出し、
時の大統領でさえも不正を許さない、というジャーナリズム神話は、
その他にもたくさんあるのだろう。

しかし、それを実践し体現するためには、
本来、高い理想と真っ当なものの見方と揺るぎない信念、
さらに、どこまでも真実を求めて追究し続ける姿勢と勇気が欠かせない資質で、
 
それがジャーナリズムとジャーナリストの本質であり、
本懐であり、本領発揮であり、存在意義であるとするならそれはそれでいい。

しかし、
問題は、現状、マスゴミと呼ばれる連中が、
そのジャーナリズムとジャーナリストたる高みにまで達しているだろうか。

彼らが、その任にふさわしい連中で、
現実として「ジャーナリズム=マスゴミ」という図式が成立するかという問題なのだ。

ジャーナリズムを理想化するのは良い。

しかし、それがそのまま日本の報道関係者達の姿にそのまま当てはまるだろうか。

以前、僕は彼らは単なるかわらばん屋に過ぎないと言った。

もし、彼らがかわらばん屋であるなら、到底ジャーナリストなどでは有り得ないのだ。

かわらばん屋は、取材と称してニュースをかき集めてきて、
かわらばん(新聞)が一枚でも多く売れるようにそのニュースを加工し、飾り立て、
消費者の関心を買うように粉飾して売りさばくただの下賤な売文屋の端くれでしかない。

だが、ジャーナリスト達は理想を自分達に重ね合わせてすっかり錯覚していて、
あたかも社会の不正を暴き出し、社会正義をただす役目を担っていると思い込んでる節がある。

長年、新聞社の論説委員を務めたという長谷川幸洋氏でさえも、
高橋洋一氏との対談などを聞いていると、
自身もやはりジャーナリスト神話の暗示にかかっているように聞こえてきて仕方がない。

上目線で社会を概観し、政治を語り、経済を論評するのが習い性になっていて、
「どうあるべき」とか、「間違ってる」とか、「正すべき」と訳知り顔で言い立てる。

しかし、
そこに「どれ程正しい専門性があるのか」、或は「どれ程正しい見識があるのか」。
「どれ程適正な取材があったのか」については、全く保障は無いに等しい。

結論を言えば、
ジャーナリズムやジャーナリストという存在に神話のように理想を期待するのはいいが、
現実に、新聞社や放送局、週刊誌や雑誌の記者として仕事をしている者達の中に、

そうしたジャーナリズムの神話のように、
日夜、身を粉にして社会の真の姿を追い求めている者達がいるのだろうかと、
どうしても思ってしまうのだ。

真のジャーナリズムとかジャーナリストというのはまた一段別の次元の、
稀な資質と才能を持った人材だけが到達し得る境地の話であると理解して、

実際の報道に接していかなければならないのではないかという話なのです。

では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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108.コメンテーターは”稼業”となった

  • 2021/02/19(金) 21:05:00

私達は、普段から出来るだけ錯覚とか思い込み、
勝手な幻想や自己暗示に気付いて、

それらを排して、考え違いを自ら解き、
常に頭をクリアーでシビアなものにしておかなければいけないのだと思う。

このブログではそのために、
そうした意味での気づきがあった場合には速やかに、

出来るだけ素早く「気づき」を皆さんに披露して、
皆さんの検証に供していこうと考えています。

中には「そんな事、とっくに気づいてたよ!」なんて言われることも、
あるかも知れませんが、その場合にはどうか御容赦ください。<(_ _;)>

その意味で今回の話題は、
TVの「コメンテーター」というものの存在についてです。

コメンテーター本来の役割が、
いつの間にかひどくブレてきていると感じるので、
その事について話してみたいと思います。

コメンテーターとは本来、
有識者や専門家、経験者や実績のある人々。

あるいは、研究者や学者、、、などという、
一般の人々ではなかなか分からない内容や知りえない専門的な知識を披瀝していただき、

素人ではわからない深い知識や高い見地からの意見を聴かせていただく者達のはずなのだ。

しかし、現在はそれが、
コメント稼業」あるいは、「コメント屋」と呼んだ方が似つかわしいくらいにポジション化していて、
ワイドショー番組のある種の装置の一部となっているのを感じるのだ。

局の意図的な世論の誘導をする上での追加・追認意見としての小道具として機能していて、
単なるにぎやかし風に見えてても、意外と視聴者の感想の候補例として並べられてるのを感じるのだ。

更には、専門家と言われるコメンテーターの識者・経験者・専門家達の口を使っても、
局側の制作意図として言いたいこと、持っていきたい方向性、醸し出したい雰囲気の醸成の道具に使う。

だから、
「探る」とか「学ぶ」とか「教わる」という番組のスタンスであるかのような体裁を取ってはいながら、
実際には「不安を煽る」とか「不満を感じさせる」とか「不信感を持たせる」いった流れになっているのだ。

お笑い芸人にとってみれば、芸に磨きをかけ続けて人気を維持し続けるよりは、
放送局に繋がりが持てて可愛がられ、
ただ椅子に座って言われたことを大人しくしゃべってる方がはるかに”おいしい”実入りだろう。

ろくに取材もできないジャーナリストやソースの無い新聞社の元論説委員達だって、
専門家面して局の意向に沿った解説モドキで与えられた時間お茶を濁して金が稼げれば、
寒空を飛び回って取材するよりはどれだけ楽に収入につながる”うまみ”となるだろう。

現在のTVのコメンテーターといわれる連中の姿は、
もうその役柄にしがみついて役割を職業として懸命に担ってる連中にしか見えない。

現在のレギュラーのコメンテーターの顔ぶれと言えば、

放送局の解説委員?
新聞社の論説委員?
放送局のただの社員?
野党に所属してた政治評論家?
政界に通じた政治アナリスト?
気の利いた女子アナ上り?
良心的な弁護士?
醜聞で辞職した議員?
能力無くて落選した議員?
無害な芸人・漫才師?
正直そうな落語家?
子役上りの半端者?
仕事無さそうなタレント?
仕事無さそうな女優?
どっかの評論家?
どっかの組織の専門家?
どっかの大学の教授?

もう、何が本物で、何がニセモノで、
誰が嘘つきで、どこが台本通りなのかは分からない。( ̄(エ) ̄;)

でも、言う事はなぜかいつも、
マスゴミ各社の論調と基本的にはほとんど同じに聞こえるという話なのです。


では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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106.汚い手口への対抗策

  • 2021/02/17(水) 07:25:00

報道(紙ゴミ・映像ゴミ)というものがまともな記事やニュースを心がけず、
自分達の勝手な意図や思惑、主義主張をもっともらしく見せるためにしか報道しない。
』ということを前提として、

そういった印象操作や捏造、あるいは、一部の切り取りといった、
正当でない手段を用いて好き放題に報道する連中に対して、
それら防ぎ対抗するために僕達にも少なからず出来ることがあることに気がついたんだ。

それは「徹底的な非協力の姿勢」である。

マスゴミの多くが良く印象操作の手口として、
街の人の声」とか、「人々の戸惑い」とか、「国民の不安」などという、
もっともらしいタイトルをつけた街頭でのインタビュー映像を使うことがある。

単に自分達の意図した「答え」を引き出す聞き方をして、
集めた映像の中から使いたい部分だけを切り貼りする。

そうして、
自分達が煽りたい社会の不安や不満、政府などへの不信感がさも当然であるかのように見せかけ、
世の中一般にあたかもそうした思いが広まっているかのように思わせるための演出に使うのだ。

今まで僕達は、
そんな手口の材料をただ提供しているのだとも知らずに、
誘導尋問に答えるように相手の望む「言質」の材料を収集されていた。

「TVのインタビューを受けたさ。」だの、「カメラに写ったかなぁ。」だのと喜んで家族や友達に報告し、
結果、必要な部分だけ切り取られ、あるいは、勝手にカットされたりして、良いようにあしらわれてきた。

そういった場面での対応で対処しようというのである。

別に、
嘘を言ったり、フェイクニュースを演出する必要はない。

ただ、誘導尋問に唯々諾々と乗せられるのではなく、
「どういう意図のインタビューですか?」とか、、
「どういう番組作りのために使うのですか?」とか、

或いは、
「普段からマスゴミについて僕はこんな風に思っているのですが、、、。」などと、
自分の考えを映り込ませる良い機会ととらえて、主張を映させるということなのです。

そうするとそれらを使って視聴者の不安や不満、猜疑心を煽り、
社会不安を醸成しようとする手口には使えなくなるどころか、
面倒くさくて、厄介で、到底使える映像にはならなくなるのだ。

逆質問をして、マスゴミに対する普段からの根強い不信感を表明し、
議論を吹っ掛けるといいと思うのだ。

アナウンサー個人の考えを問いただし、報道の姿勢にケチをつけ、
質問と違った方向へと持っていくのさ。

面白いことになるよ、きっと。

それにはまず、
普段からどんな議論を吹っ掛けるかいくつかパターンを考えておかなきゃならないけどね。

「ウイグルの事は、なぜ報道しないのですか?」とか、
「尖閣での中国の態度は、どう思いますか?」とか、
「従軍慰安婦の問題については、どんな風に考えていますか?」とか、
「ウポポイとか、アイヌが原住民だといいう説は間違っていますよね?」とか、
「原子力発電は、必要だと思いますか?」とか、
「北京五輪は、不参加の方向で考えた方がいいですよね?」とか、、、。

アナウンサー個人とか、放送局としての態度とか、報道一般の姿勢とかについて、
質問し、問い詰め、食い下がるのです。

そうやって捏造のための「資料映像ネタ」となるインタビューを取らせない、作らせないことなんだ。

面白そうだと思わない?

映像ネタの素材を一切渡さない。

まずはインタビューの類には、一切答えないというのが基本で、
放送局のスタッフって一目でわかる連中だから近づいて来たら素早くその場を離れるか、

もし面倒でなかったら
一丁、カラかって絡んでみるか。」のどちらかにすると良いというアイディアなのです。

基本として、
「このインタビューの意図するところは何なのか?」をしっかりと確認してから対応する。

そして、
つとめて明るく、自信に溢れ、希望に満ちた元気な受け答えをする。

もし「不安に感じませんか?」と尋ねられたら「なぜそんなことを聞くんですかぁ?」と逆に聞き返し、

いやぁ~、不安を煽りたいんですかぁ?」と聞き返して、
いつでも動画のなかに使えない部分をワザと入れ込んで答えるようにする。

報道には、今後一切協力しないという観点で、ここに僕がこう書いたからといって、
日本中の人間がみんなそんな風にするとはならないだろうけれど、

何人かがそういう対応をすることによって、
報道現場に多少の面倒くささや緊張感が生じることは確実だろう。 

車で街中をまわりながらラジオ放送をしつつ、
ドライバーからインタビュー音声を取るという連中もいるでしょう。

そんな車を見つけたらラジオをつけてワザと捕まって、
相手の意図と反対の答えをとうとうと繰り返してやるのも面白いと思うよ、生放送だし。

報道一般に対する抗議の大演説を、
そのラジオで徹底的にぶちかましてみるのもかなり面白いと思うね。(^.^)/~~~

報道には、常套手段ともいうべき汚いやり口がたくさんあるから、
視聴者も黙って聞いてるばかりじゃなくて、反撃を開始しなきゃ、という話でした。

では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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