121.命の覚悟を持った仲間が欲しい

  • 2021/03/26(金) 15:50:00

僕達には、

いや僕には、

自分の命を賭けて、

自分の一生を全て賭して、

「国を守る」という事に専念しようと決意する気持ちが、
どういうものか理解できるだろうか。

自分の仕事を「国を守る事」にする感覚を僕は理解ができるのだろうか。

それは、
「どれほどこの日本という国を大切に思っているか」という、
愛国心の強さそのものだろうか。

昔、僕が進学について考える年頃になった時期に、
自衛官や、防衛大学校や、自衛隊という発想は全くなかった。

この国を守る仕事を、
自分の一生の仕事として尽くそうという発想はついぞ浮かばなかった。

そういう選択肢を斟酌した記憶はどこを探しても無いのだ。

それは小・中学生の頃、
はなから「この国が危ない」とか「国は守るものだ」という発想が、
そもそも皆無だったからだろう。

国が、一つの単位としてさえ本気で見えていなかった。

「日本」は当たり前に「大丈夫」な郷土そのもので、
大きなしっかりとした国家であり、

揺るぎない強固な山河であった。

その事に少しも不安がなかったし、
安心しきってただ真面目に自分は勉学に勤しみ成長していけば良かった。

当たり前に高校へ行き、普通に大学へ行き、
将来は、何か安定した仕事に就いて生きていくのだろう、と。

そんな漠然とした展望くらいしか浮かばなかったし、考えてなかった。

大人は誰もそれ以上の想いを僕に要求することはなかったし、
それだけで何も不都合なことはなかった。

それはやはり、
教育が完全に骨抜きにされてしまっていたからなのだろう。

私の父は戦争の時代も過ごした人だったが、
その頃の話はあまり話したことがなかった。

国を守るという事について、
私達子供達に詳しく話して聞かせることはなかった。

それが何故だったのかはわからないし、
今はもうその時の気持ちを知るよしもないが、

戦後の、
暮らしが少しずつ楽に、のびのびと、豊かに、
明るくなっていく社会に身を置きながら、

私達子供達に対して、
「兵隊」になる事について語る気にはなかなかならなかったのかも知れない。

私達子供達は、
ただ自分の将来について自由に考え、希望し、

自分の努力に応じて開けることが約束された未来だけを、
ただそれだけを考えていれば良かった。



そして今、
隣国たる朝鮮半島の民族のタチの悪さに、
日本人が長年に渡って何度も煮湯を飲まされてきた事が知れ渡り、

戦争に向かう時期に大陸の中国人の汚いやり方に、
日本人がどれほど苦難を強いられたかも伝わるようになって、

二度に渡る原子爆弾の投下も、実はひどい戦争犯罪でしかなく、         
東京裁判が理不尽で、戦後レジームの縛りもけして正当でないと、

多くの国民がやっと実感することができるような時代になった。

でも気づくと、早75年を過ぎるその間に、

息の根を止められることなく生きのびた共産党勢力が、
好き放題に汚い根を社会に張りめぐらしてしまっていて、

戦後の空虚な反戦教育に毒された大量の半端者達はマスゴミに吹き溜まってしまい、

中国人や朝鮮人と連動して動く売国奴と反日勢力もすっかり調子づいていて、
国民の多くがいよいよ嫌気がさして我慢がならないところにまで来てしまっていた。

だからこそ、
僕もやっと偽りの平和に気づきはじめ、
「国を守る」ということの意味の重大さが見えはじめたのだった。

「国家」というものの独立と、危うさと、防衛の重大さが緊迫の度を増すことで、
「戦後教育」の空虚さも次第に明らかになってきた。

でも僕はもう、勇壮な戦士としては役に立たない。

自分なりに家族のために最後まで戦う覚悟はあるものの、
悲しいけれど、到底、国土を守る役には立たないだろう。

では、誰がこの国を必死になって守ってくれるのだ。

バイデンとかいうボケ老人の頭がはっきりしている時に、
アメリカの若者達の命を借りて守るつもりなのか。

そんなわけにはいくわけもない。

私達の国は、日本人の若者達の力を頼りにしなければ、
到底守りきれるものではない。

そんな折にも性懲りも無く、
「国防」を国民に毛嫌いするように仕向ける共産党や公明党、野党やマスゴミは、
  
自衛隊の予算をあくまでも1%に封じ込め、
目を皿のようにしてその執行状態を見張り続ける。

左翼という知的に幼稚な連中は「自由」の意味を勘違いして暴走し、
「国防」をすっかり身動きできなくさせてしまっている。

今、その75年の呪縛と自己暗示を解き払い、
正面切って「自分の国は、自分の命で守る。」と、
宣言する時が来たことに全国民が気づかなければならないのだろうと思う。

「軍隊を持つと、それは自動的に戦争を始める。」などと馬鹿な事を言ったのは誰なのだ。

おりしも3月21日は、防衛大学校の卒業式で、
約500名の若い自衛官が誕生したという。

その事を心から祝福するとともに、
その力強さに全国民をあげて感謝したいと思う。

我が国の自衛隊員は約25万人、予備自衛官を含めても30万人弱と言われるが、
いまだにその募集に関しては障害も多く、どの地方自治体も極めて非協力的だという。

隊員を募集するために必要な中・高校生の卒業者名簿は、
何故か気持ち良く渡してもらえず、

関連するイベントは公共施設やショッピングモールからも閉め出され気味で、
会場貸しを渋られることも多いという。

制服のままで電車に乗るとなぜかすぐに部隊へ抗議電話が入るというし、

自衛隊の車両は抗議が殺到したために、
“はたらくじどうしゃ”の絵本にも載せてもらえない。

宿舎のトイレットペーパーが足りなくて、
隊員達持ち寄りでしのいでいたという話はあまりに有名で恥ずかしい。

そんな風に至るところで共産党の息のかかった人間を中心として、
全員が総がかりで自衛隊を貶め、冷遇し、気力を削ぎにかかる。

「国防の熱意」の邪魔をし続けてるのだ。

日本学術会議も、長年、防衛大卒業生の国立大大学院への進学を排斥し、
国内の研究機関から「国防」に関わりそうな研究を監視して排除し続けてきたと言われる。

それにつけても、
共産党」という売国奴連中をまともに相手して、
世界でも稀な政党を維持させている日本という国は、

どれほど正常な政治意識、国防意識、歴史の教訓から遠く引き離され、
狂わされてきた国であるかの証のようである。

アジアの片隅に位置するこの世界一歴史ある、豊かで、輝かしい小国は、

すぐにでも必要十分な額を国防費に振り向け、
自国を守る国民の意識を確実なものに組み上げ、

ならず者や人さらい、たかるだけの無法者といった近隣民族が忍び寄って来るのを、
断固としてはねつける力を一日も早く身につける必要があると思うのだった。


では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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103.「出来ない」ではなく、「ただやらない」だけの人々

  • 2021/02/06(土) 23:40:00

憲法の改正について、
国民投票法と改正案の審議が進まない。

自民と、まともな考え方が出来る野党とで多数を取ってるので、
改革案を粛々と審議し、さっさと進めて決定してしまえばいいのだが、

ゴネる立憲や共産というゴミどもが大人しく合意してくるのをいつまでも待ってる体で、
規定上の定数で出来ることが明確なのに自民党の中核議員は全く何も言わず動かない


尖閣諸島へ中国に先に上陸されたらそれだけで、
奪還して上陸し返すだけで、その間にどれほどの(海保、自衛隊などの)人命が失われることになるだろうか。

調査船が来て、軍艦が来て、飛行機が来て、
「出て行け」と言われ、追いかけ回され、「お前達の領海でないぞ!」と脅され、

「建造物を見つけたら叩っ壊す」とまで言われても、
アメリカ頼みでグズグズしつつ、漁民か隊員が何人か負傷か死亡する悲惨な結果となるまで、
すぐにでもやれる事、やらなきゃならない事がたくさんあるのに

「遺憾」・「遺憾」と、、、「注視」・「注視」と、、、
「憂慮」・「憂慮」と、、、「シェイシェイ」・「シェイシェイ」とだけ、
茂木の馬鹿は言い続けるつもりなのだろう。


ウイグルでジェノサイドが進んでいるというのに。
ナチス以上の殺戮が、21世紀の今まさに隣国で進行中だというのに。

アメリカが正面切って非難してくれたから、
その尻馬に乗って責めるだけだから楽な取り組みなのに

この惑星上での人類の恥ずべき黒歴史がすぐそこにあるのに。
総理も、自民党も、外務大臣も、外務省も、
野党も、紙ゴミ(新聞)も、映像ゴミ(TVのワイドショー)も、
何も言わないだけでなく、他の惑星の上での事のように全く触れようとしないのだ。


いつも言ってる、
「全ての原因は、教育の内容の中に子供達の心をまともな日本人に育てる為の、
大切な要素部分が完全に抜け落ちて欠落してるからだ。」
というのはこのことなのだ。

例えば、
歴史教科書の内容からしてひどくおかしく、教科書審議官の人選もやっぱりおかしくて、
文科省の担当役人は無口な人間が多いようで、教育の現場も組合がうるさいままに放って置かれている。

萩生田文科大臣もたいして気にしているようにも見えないし、文科官僚はいかがわしいクラブで遊ぶのが忙しく、
与党も野党もそこには関心無さそうだし、教師は自分達もイジメ合ってジャレてる始末。

国の歴史を正しく学ぶ頁は少なく、国を愛する気持ちになれるような頁も少ないから、

子供達にとって人として人生何を成すべきかを問う機会もろくに無いし、
気概や矜持というものに根ざした生き方を獲得する機会もほとんどない。

子供達はいつまで経っても、
ただ解法を数多く覚える事に躍起になり、暗記力だけを上達させ、
空欄を正解で埋める技術を身につけただけで成長する。

その間に
正義感や倫理観、誠実さやプライド、使命感や責任感、奉仕や謙譲の美徳を愛し求める心根や、
生涯を貫く豊かな愛国心や高い志を持つにいたる心震える出会いを経験することもなく、

まるでクイズ番組の勝者のようにただ回答が上手いだけの図体ばかりデカイ馬鹿に育つ。

そして、
そういう教育の過程を「優秀」で終了した人間から先に高級官僚や国家公務員となり、
自分からは何も積極的にしようとしないし、できない人材達が次々と要職に就くことになる。

だから前述したように、
言われたことだけ、責任を問われる問題だけ、しつこく責めたてられたら仕方なく動くような、
嫌々ながらのやる気の無さで、アリバイ的にわずかに動いてみせて済ます結果となるのだ。

何を大切にし、どう判断し、どう動くべきかを、
自分の頭と愛国心、責任感や使命感、誠実さやプライドで考えることができないから、

課題を前にしていつも立ちつくすばかりで、問題はたらいまわしの睨めっこの対象となり、
そういう態度が、官僚や大臣ばかりでなく、国民一般にも広く蔓延してしまっていて、

いつまでたっても物事が動かないから、傍観の果てに、
次々と悲惨な形でチャンスが失われて台無しになるばかりなのだと思う。


考えてみれば「拉致事件」だっておかしかった。

人がさらわれているらしい事が推察されたのに、
ジャーナリストも警察も公安も議員もほとんど真剣には動かなかった。

これをただ「怠慢」とか「無為・無策」だとか「無責任」と呼んで済ませられるものではない。

考えてみてほしい。

もしあなたが、この現在の日本の国から、あの粗末で汚く、貧しい国へ連れていかれて、
そこで何十年も、或いは、一生涯をそこで生きることを余儀なくされてしまうとしたら。

どれ程、信じられない不幸であるだろうか?
どれ程、悲惨な人生になるだろう?

また逆に、もしあなたが、
拉致が起こっている兆しを身近に感じたとしたら、
「怒り」とか「同情」とか「責任感」とか「正義感」とか「義務感」とかを感じて、

「同胞を思う気持ち」とか「国民としての誇り」とか「人としての道義心」を感じて、
突き動かされるようにできる事を探して動き出さないだろうか?

でも、実際にはその時、
何故か日本中に大きな動きは起きなかった。

NHKの崎本利樹(東京)・田村啓(神戸)とウニタ書房の遠藤忠夫、
あるいは、国会議員の土井たか子のように、
はっきりと拉致問題を封じ込めることに加担した人間は確かにいたけれども、
(※参照「救う会 全国協議会」)

そんな「少数の人間達に多くの国民が黙らされた。」といって言い訳になるわけもない。

日本人の中に、何かしら無為で、すぐには動かないある種の反応の鈍さが存在するのだ。
                                                 青いリボンバッチ
私だってやらなきゃならないと分かっている事をすぐさま片づけるほど、
テキパキとして行動的で立派な人間ではないが、

ここで言ってる内容は、そういうレベルの問題ではない。

日本の国内には、「出来る事」、「やるべき事」、「やらなければならない事」を目の前にした際に、
気づいても手を出さず、黙って見ているだけで、すぐに何らかの解決の手だてを行わなずに、
放置してしまう癖のようなもの(風土?)が存在するのを強く感じるのだ。

この現象を「平和ボケ」とか「お花畑」というだけで解釈するのは、
本当は間違いなのかも知れないとも思うし、
単に「教育」だけの問題でもないのかも知れない。

オウムの時も、
坂本弁護士一家が見えなくなった時の捜査の経緯もそうだし、
最後の最後で「破防法」の適用が見送られた事も何か似ている気がする。

今回挙げた例はどれもこれもそんなことを感じさせる事例なのだ。

やるべき時に、やれるはずなのに、何もアクションを起こさず、
真剣に取り組まないままでほったらかしにして時間をただ浪費する癖。

その間に、問題は、どんどん悪化していき、

いつも気づいた時には、
取り返しのつかない悲惨な事態にまで突入してしまってるということになる。

それから、
やおら責任者探しが始まり、
つるし上げられた者達はただ頭を下げるだけで事態は終了を迎える。

これらの現象を私は今「教育」という枠組みで考えているのだけれど、
そうした単純な解釈や原因、或いは、領域だけで解決できるような問題でもないという気がするのも事実なのだが、

差し当たってできることは、
教育内容と教科書検定制度の見直しであることだけは確実だと言えるはずである。

では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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82.「うらなり」の割合

  • 2020/12/06(日) 12:00:00

先日、検察の話のところで「教育の問題」といった意味を、
もう少し詳しくお話します。

昔、「うらなり」と言ったら、
勉強はできるが覇気の無い、ヒョロヒョロと痩せた体型の頼りない男子の事だった。
(※うらなり=顔色が悪く弱々しくて元気のない人をあざけっていう語。weblio辞典より)

現在の教育のシステム上では、
ある程度の知的理解力と、暗記力と、モチベーションさえあれば、
有名大学には入学することができるし、卒業することも出来る。

そして、
そうした卒業大学の格によって国家公務員試験の方向性と窓口が決まっていて、
出身大学のプライドに後押しされる形で、あるものは自動的に官僚の道へと進んでいくことになる。

当然、
成績は良いからそこそこ理解力はあり、判断力もあり、そつが無く、
手際よく、仕事の処理は速いかもしれず、成績の序列に従って機械的に出世をしていく。

しかし、
彼らに、人間的な気概とか気骨、意気地を育てる時間は完全に欠落している。
(※気概=強い心意気のこと。困難に直面しても安易に挫けたりせず、困難を乗り越えて前進しようとする気骨や志のこと。)
(※気骨=信念を貫き通す強固な心意気」という意味合いで用いられる表現。)
(※意気地=「困難に負けずに物事をやり通そうとする気力」の意味で用いられる表現。気構え。意地。)

彼らは確かにある一定の条件で選別はされたかもしれないが、
その選別の観点・評価規準が人間性として大切な素養・要素を看取るようにはできていないのだ。

人としての矜持とか人生観、男気とか狭義心といったものが試され、篩(ふるい)にかけられた訳ではない。
(※矜持=自信、自負、自尊といった「誇り」あるいは「プライド(pride)」の感情を意味する語。)
(※男気=弱い者が苦しんでいるのを見のがせない気性。男らしい気質。義侠心。)
(※義侠心=正義を重んじて、強い者をくじき、弱い者を助けようとする心。)

そこのところを言ってるのだ。

今、学校教育でも子供達の道徳的素養を評価しようとする試みを始めているが、
模範解答を繰り返すだけで簡単に優等生になれるようなシステムでは、

小賢しく性質の悪いガキを見抜いて選別するほどの効果も期待ができず、
逆に子供に解答を見抜かれてしまうような単純なカリキュラムでは子供の心根の本質を育てる程の力は無いだろう。

いつぞや話した「十の掟」のようなシステムが小・中・高・大学と年齢に応じたものが望まれるわけで、
(※2020/9/7”価値基準が揺さぶられた傷跡”)
子供達の内面を気高く育てるきめ細かな躾けと教育の連携が望まれるのだろうと思うのだ。

自分の頭で考え、自分の心で感じ、個人の立場を越えて国を思い、 
勇気を奮って真っ当で誠実な行動が出来るような若者がたくさん育つような、

本当の人間教育と言えるような教育の充実が今、必要なのだろうと思っているのです。

面従腹背」が座右の銘だと言い放ったと言われるビーチ・前川。
(※面従腹背=表面的に服従する姿勢を示しつつ、内心は相手の命令に従う気がないという意味。)

こんな風に、
人として恥ずかしい内面を露呈してなお恥じない性根を逆に誇ってしまうという、
どう考えても恥知らずの典型でしかない人物であることにいまさらながら愕然とするのだ。

それでも、
一応、東大法学部を卒業し、文科事務次官にまで出世する。

元総理大臣の中曽根康弘氏と縁故関係にあったのだとしても、
文科事務次官という要職にまでついたというのだから恐ろしい。

また今、TVでは、
「東大王」などと言われてクイズに答えてドヤ顔する若者や、
無理くりこじつけたようなクイズを作ってもてはやされてる東大生が出てくるが、 

私に言わせれば、
所詮、東大生といっても能力の勝負所はそんなところしか無いのだろうとどうしても思ってしまうのだ。

官僚の中にどれほどそういった「うらなり」がいるのか知らないが、
教育の貧弱さは結果として政治の貧弱さへと通じてしまうという話なのである。

では次回、またよろしくお願いします。<(_ _)>


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54.歴史教科書に対して何ができるか?

  • 2020/10/25(日) 07:55:00

もし、
歴史についての教育がおかしいと考えたとして、

我々、ただの一般人としての個人に、
そのおかしなところを変更させる為に、

では、いったい何ができるだろうか。

ネットの片隅にブログを開いて、
そこにくどくどと、切々と、愚痴を書き綴っていても、
何年経っても事態は一向に動かないだろうし、

くだらない教科書を作っている人間達にとっては、
そんなことしても痛くも痒くもないに違いない。

何らかのアクションを起こさなければ意志は形とならず、
何の力にもならずに次第に疲れてしまって泡のように消えていく運命でしかない。

もし意志があるのなら、何らかの形にしようじゃないか。
そうでなければ、ただの負け犬の遠吠えと何ら変わらない。

ネットに「一般社団法人 『新しい歴史教科書をつくる会』official WEB」というサイトがある。

そこを覗いてみると、
日本中に今の歴史教科書に不満を抱いている人間がいかに多いかがわかる。

そして、
「教科書検定がいかにいい加減か」も、
「文科大臣(萩生田光一議員)の目線がいかに節穴で、無力か」も、
「正しい歴史教育を目指す人々がどれ程苦戦しているか」も、すぐにわかるんだ。

それは同時に、
『(北朝鮮拉致被害者を)救う会 全国協議会』のホームページを開いた時に感じたのと同じ感覚も覚える。

この時代、
ネットという手段が大きく普及して個人でも発信ができるようになったから、

一人でも、小さな力でも、社会へ向けて呼びかけ、訴え、
協力を仰ぐことができるようになった訳で、

それまでの時代の、
大手マスコミや政治家、財界の大物の声しか拾われずに、

多くの国民の声が無視され、捨て置かれ、潰され、
膨大な数の悲惨な被害者が出てはじめて取り上げられるという、

いびつな国家・社会の姿が少しずつ変化し始めているとも言えるのだろう。

今までかき消されていった多くの声がどれほどあったかと思うと、
ここまで来て、なお静かに座して傍観している場合ではないことに気づくのだ。

もう、黙って我慢している時代は終わったらしい。

これからはあきらめずに、
おかしい事はおかしいと、間違っている事は間違っていると、

本気で仲間を探し、力を合わせて少しでも大きな力にして、
一歩一歩是正するために力を尽くしていくことが必要だという認識を持たなければ、

折角の良心と、折角の善意と、折角の気づきと、折角の知恵と、折角の怒りが、
今までと変わらない泡のようにただ消えていくだけの想いとなってしまうと、
いまさらのように反省させられてしまったこの頃なのです。


新しい歴史教科書をつくる会のサイトへ
新しい教科書2


救う会 全国協議会のサイトへ
救う会2


日本ミャンマー未来会議のサイトへ
日本ミャンマー未来会議2


では、次回また。


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20.歴史教科書を読み始めた

  • 2020/09/17(木) 11:35:00

歴史教科書が見てみたいと、
勇んで書店へ行ってみたけれど、

並んでいるのは特定の時代や事件についての専門書か、
色とりどりの受験参考書ばかりだった。

そのため、
教科書なんてもう少しちゃんと調べてから探さないとダメなんだ、とわかって、
すごすごと帰ってきた。

「そうだ!ネットで買おう!」ヽ( ̄(エ) ̄)ノ

「この時代に、自分はなんて悠長なことをしているのか?」

すぐにネットでAmazonにつないで、
竹田恒泰氏の「不合格教科書」を注文した。(意外と、高っ!)( ̄▽ ̄;)

その本が昨日(9月16日)
郵便受けに突然届いていた。

歴史教科書

そして、
読み始めて3ページ目にすぐ、
私の探していた答えが載っていた。

そこには、
戦後すぐの教科書からGHQによる「教科書検定の基準」として、
以下の事項が省かれるべき内容として適用されてきた経緯が、
今になっても影響していると書かれていたのだ。
・天皇に関する用語
・国家的拡張に関する用語
愛国心につながる用語
・日本国の神話の起源や、楠木正成のような英雄および道義的人物としての皇族
・神道や祭祀、神社に関する言及、等々
                        (高橋史朗『検証・戦後教育』広池学園出版部)

書店で見た色とりどりの社会科歴史の受験参考書が並んだ書棚の幅は、
とっても大きかったけれど、

あの膨大な量の参考書の中にはどこにも、
子供達が自分の国のそもそもの始まりについて学ぶ内容がほとんど入っていないし、

日本というこの国を愛する気持ちにつながるような要素が、
一つも含まれていないんだということに改めて気づいて、
唖然となった。

年号と、事件名と、関係者の名前を単語帳のように覚える事で、ただそれだけで、
あたかもその時代を分かったような気持ちにさせられてきた。

「歴史教科書」という名前の教科書を読むことが、
日本の歴史を学ぶことだと思わされてきた。

いや、
今の子供達もまだそうなのだろう。

私達は、ほとんどが本当の日本の歴史を知らない。
本当の日本の歴史に触れてないのだ。

今日から、
遅ればせながら、この厚い教科書(351頁)を、
少しずつ読み進んでいこうと思う。
(※気づいた事などがあったら、折に触れご報告いたします。)

私のような人間が、
この国には何百万人もいることだろう。

この歳になって始めて、
自分の国の歴史を知り始める喜びを、
今、感じている。

こんな気持ちが、
日本の子供達の心に届くのはいつのことだろうか。

間違いは少しずつ正していかなければならない。

急がなければならないという焦燥感のようなものが、
また胸にこみ上げてくる。

では、次回また。


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