129.戦争の”変異種“

  • 2021/05/15(土) 19:25:00

武器を持って兵士が互いに戦うのが、僕は「戦争」だと思って育ってきた。

それがいつのまにか、
遠隔操作でドローンが飛び、地図を読み込んだミサイルが自ら経路を選んで標的に向かい、
衛星が敵基地の配置を全て読み取るようになった。

原潜は原爆を積んで少なくとも数ヶ月はどことも知らず海に潜り続け、爆撃機はレーダーに写らず、
海底ケーブルを経由して侵入したコンピュータ・ウイルスが他国の銀行やインフラや基地を襲う。

そうやって武器の性能や戦い方がスピードを増していることは知っていた。

ついこの前も、
音速の20倍近い速度で飛び、ほとんど防ぎようがないミサイルが、
ロシアで既に開発されて配備されたと聞いて驚いたし、

日本のイージスのミサイルは、打った時の殻が落ちてきて危ないから、
海へ持っていって使えと言われたなんていう情けない話も聞いた。

だから、
そんなミサイルや戦闘機、戦車や原潜が活躍する戦争とは、
違う形の戦争があるとまでは考えてなかった。

しかし、それはもう既に始まってしまってた。

その意味で、
コロナで本来なら死ななくて良かったのに死を迎えた者達は、
新しい形の“戦死者”と呼ぶべきなのかも知れない。

「新世代の戦争」、「新しい概念」の、
「人として考えてはいけない部類の戦い方」の「戦争」にも変異種が生まれたのだ。

コロナ・ウイルスが人類の抵抗力に対抗するために、
新種(変種)を生み出してなんとか生きのびる道を模索して逃げ切ろうとするように、

中国共産党勢力も旧来の形の戦い方では到底、革命など起きようもなく、

共産主義が、経済がジリ貧で惨めな国柄に落ちぶれていく同胞国家を、
生み出すだけなのが最早、明らかになったので、

このままでは勝てないと悟って新しい戦い方を編み出したのだ。

新種の、新しい発想の、非人道的な戦い方を編み出した。

我達は、そのことに早く気づいて、そのことを感じて、
理解しなければならない世紀に、今、突入して生きている。

日本人は、そもそも「善意」の民族だ。

基本、あくまでも「性善説」に生きる民であり、
元来、世界にも稀な「善良な民族」なのである。

自国民を過大に善良であると誇るな!」と彼方が言うなら、
私ははっきりと言い切ることができるが、

日本人らしい善良さを自らの内に感じないなら、
その段階で、あなたは生粋の「日本人」とは呼べない。

日本人は、国と国との約束を信じ、責任ある人物の誠意と言葉を信じ、
それを裏切ったり、欺いたり、騙したり、罠にかけてまで倒そうとするほど、
恥知らずで、卑怯な戦い方の発想を自らに許すような民族ではない。

「相手を出し抜いた方が優れている」などという”狡っからい“価値観や、
恥も外聞もない卑しい感性が骨身に染み込んで育った民族などとは違うのだ。

平和の穏やかさと、自然ののどかさと、清新な心の有り様を愛する、
優しく、誠実で、勤勉な民族なのだ。

野性と変わらぬ感性のままに進化したような愚劣で非道徳な国家でも民族でもない。

だから、
そういった発想にはなかなかついて行けないのも無理はなかったのかも知れない。

中国共産党(習近平)が、今回の武漢肺炎の世界的蔓延のメイン・ターゲットにしたのが、
一体どこの国だったのか、どの民族だったのかは、永遠に分からないかも知れない。

中国共産党は分からないように必死で隠すだろう。

それが世界から技術と経済的発展と富を獲得し終わったつもりになったからなのか、
自らの名誉と歴史的伝説の人物となるための長年の野望がやっとかなう国力を得たと判断したためか、

長い時間をかけて練られた作戦展開と、周到に準備された生物兵器(ウイルス)を使って、
全世界を相手に人類に対する最終全面戦争の試みを始めたという気がしてならない。

いちじるしい数の監視カメラと人物特定ソフトの組み合わせによる、
国内の反体制勢力の締め付けから始まって、

世界から到底許されるはずの無いモンゴル・チベット・ウイグルなどへの、
民族隷属、民族撲滅、民族浄化の拡張政策の展開。

アメリカの大統領選挙への介入と権力の掌握。
一帯一路の経済・軍事戦略的基地展開。

第一・第二・第三列島線への果てしない膨張の企みと、
未開・弱小諸国の経済的浸食と汚職誘導による隷属化。

実際に日本国内でさえ既に、
「中国に忖度」などというヤワな言葉で表現されるような影響力が発生していて、
与党の中枢部さえ思うように行動できなくされてしまっている始末じゃないか。

沖縄反基地運動とアイヌ非差別開放闘争による日本国民の分断工作。

慰安婦賠償問題と募集工訴訟問題による国内世論の混乱と資金調達。

反オリンピックとウイルス対策による政権混乱と国民の不安・不満と経済的疲弊。

これは単に、
中国共産党が至る所で狂ったように好き放題に暴れている。」という話ではない気がする。

世界同時多発戦争の展開が、今、着々と進んでいる状態なのだという予感がするのだ。

彼らはやる気でやっているのだ。

全ての戦線での今後の展開には、既に青写真は焼き上がっていて、
その為の準備もすでに終わっているのだと思う。

我々、おっとりとした人類は慌ててその後を、
必死で追いかけさせられている過ぎないのではないのか。

この頃、そんな不安がしきりに頭を巡っていて、
どんなニュースを聞いても、どんな紛争の話を聞いても、

全てがつながって聞こえてしまって、それらは連動していて、関連していて、
作戦の次の段階へと単に進行しているだけなのではないかという気がして、
心が全く休まらないのである。

では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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128.エイリアンの卵

  • 2021/05/14(金) 12:50:00

現在、左派の「攻撃」は大きくまとめると二カ所で行われていて、

①“コロナ禍状況は、ドンドン悪化している”と不安を煽る戦いと、
②“オリ・パラは、中止すべき“の気運を醸し出すゲリラ戦との、二つのようだ。

第一戦場では「政府にはコロナ対応能力が無いから悪化の一途。」と攻撃して政権の不安定化を狙う。
「政府の対応が悪い!根拠が希薄!」・・・・・・・・・・・・・ソーダァ!!
「蔓防が国民を苦しめてる。目が行き届いていない!」・・・・・ソーダァ!!
「ワクチンの接種が驚くほど遅いし、少なーい。手際が悪い!」・ソーダァ!!

どさくさに紛れて「この際、政権をヨコセーッ!」by 枝野
                    ・・・ (本物のバカか、お前は?)

第二戦場では「中国擁護のためオリ・パラを中止させ、来年、中国には実施させるつもり。」
「オリンピックは無理だ、中止しろっ!」・・・・・・・・ソーダァ!!
「何がなんでもやるって、暴走状態だゾ!」・・・・・・・ソーダァ!!
「どっからも選手なんて来やしないぞ!」・・・・・・・・ソーダァ!!

「意地でもやろうするのは、政府の横暴ダーッ! 
                犠牲者が増えるぞーッ!」(by 共産党)
「オリンピック選手は、出場を辞退しろ!開催に反対しろ!」(by 共産党)

逆に、
「尖閣」・「台湾」・「ウイグル」などの問題については、
揃いも揃って、ツイッターでも、TVでも、国会カメラでも、
野党は一切、追求発言しないし、マスゴミも話題にも載せない。

TVは、コロナ禍の恐怖を語る医者とMCがセットになって国民の不安を煽り、

一方で、
「飲食店が疲弊している。」と騒ぎ立てて対策と結果の両面から、
政権へ波状攻撃を繰り返す。

毎日、
芸人やタレントを使ってどの局もオリンピック中止の気分を煽り、
飲食店経営や演劇・イベント関連がひどく可哀想だと同情して見せる。

どのワイドショーも罹患者数を一覧表にして、
国民はもう我慢の限界で、政府の要請の効果も信頼も薄れてきてると、
政権批判の援護射撃を続け、

憲法改正も、Lineの秘密漏洩も、放送免許問題も、
あっさりと放ったらかしな様子は不気味な程だ。

「温暖化大変だ」、「炭素税だ」、「プラスプーンは有料化」、「コロナ復興税」
と、ほとんど意味がないことには騒ぐが、
それは目眩し(めくらまし)で目眩(めまい)がしそうな毎日になってる。

その感じは、ちょうど映画で、
エイリアンの卵が並んでる所を発見したシーンのようで、

次々と卵の蓋が開き始め、
あっちでもこっちでも無責任で思いつきの発言をする連中が一斉に口を開きはじめ、
次々と孵化しだした時の不気味さにそっくりだ。

とっても気持ちが悪い!

ただ、誰が左で誰が右か、
【+追加文→そして、誰が中国に取り込まれているかが、
すっごく分かりやすい国になったものだとは思う。(^_^;)/

①メディアの影響力の適正化と厳罰化(ファクトと責任)。
②国会運営上の「慣例」(全党合意とか、満場一致でしか進めない)の見直し。
③各省庁官僚の不作為・無為・偏向の追求と、政治主導の強化。
【+追加文→官僚の不作為・サボタージュは、常に政権の失態・失政となる。

そろそろ真っ当な政治の進め方を国民みんなで監視して、
もっとスピード感を持って是正していける時代になってほしいと思う毎日なんだよネ。

では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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127.水鉄砲と雪合戦

  • 2021/05/12(水) 04:10:00

この頃、
安部総理の去就についてのニュースが時々流れるが、
その度に、大変お元気そうなので、とてもうれしい気持ちでいる。

その事についてだけではないが、いまだにツイッターなどには、
知ってる言葉の限りを尽くして口汚く罵る人間がすぐにたくさん湧いてくる。

有る事無い事あげつらって、
彼が「失敗した」だの、「性格が悪い」だの、「無能だ」などと盛んに攻撃して、
貶(けな)して、貶(おとし)めて、得意げに言い散らかして憂さ晴らしを繰り返すのだ。

言われた側の保守系の人達もそれには負けじとすぐさま反論を展開し、
そうした互いの貶し合いの連鎖はひとしきり続いて、毎度の似たような景色が展開される。    

しかし、
そうした言い合いを互いにいくら繰り返しても、
事態は何も進展するわけでもなく、相手側の人の心に主張が到底通じることも無く、
相手の思いが覆(くつがえ)ることもほとんどない。

そういう行為は、
あくまでも言い合って互いに気分を晴らすだけのガス抜きか、
溜飲を下げる効果を味わう、ただの主張ゴッコに過ぎないことが多く、

ほとんどの場合、
事実認識や政治的意図、主義主張の理解にまで寄与することなどは期待できない。

そうやって、いつもほとんど無駄に時間を費やしてただ言葉の殴り合いをし、
その戦いの勝敗はつかず、成果も生まれず、
憎しみばかりが補充されるだけに終わるのだった。

気持ちは、痛い程分かるのだ。

腹立ちの悔しさは、僕も同じなんだ。

でも、その姿は例えて言えば、
真夏の空の下、大きな水鉄砲で互いに攻撃し合って遊んだり、
真冬に雪玉をぶつけ合って陣地を取り合う雪合戦にも似ている気がする。

水流や雪玉の当たったショックは多少あっても怪我などすることはなく、
実質的なダメージがほとんどないのと似ている。

そんな闘いの姿を思うと、
今時のSNSで繰り広げられる左派と右派の主義主張のぶつけ合い、言い合いは、

どこか現実を離れていて、口先による、成果を生まない闘いに思えて、
どうしてもこの頃は、虚しい気分がしてしまうのだった。         

なんとか幸運にもネットの世界に漕ぎ出して、
ネットのよりリアルな情報に接する機会を得た者同士が、

そんな世界の力を信じて考えることができるようになった人間同士が、
そうした形だけの戦いに終始して、お互いに宗旨替えなどするつもりなど無く、

ただ言い合い、罵り合いの繰り返しに甘んじているに過ぎないという感じがするのは、

ある意味、虚しく、実り無く、馬鹿げていて、
この頃は、いい加減、嫌気がさしはじめているのである。

主義主張を覆す決定的な攻撃にもなり得ないし、成果も生まない。

心境の変化を引き起こす効果もほとんどない戦いに過ぎず、
ただのいがみ合い、罵り合い、罵倒と否定の繰り返しでしかなく、

痛みの無い雪合戦や水鉄砲による闘いとさほど変わらないように感じて、
そうした形骸化したバトルは、実質的な攻撃の効果や打撃、損傷という、

思想・信条に変化を起こすような力にはなっていないばかりで、
情弱のぬるま湯からなんとか抜け出し始めた者としては、

ただ互いを攻撃し合っていることより他に出来ることがあるような気がして、
保守速報」や「政経動画」のコメント画面を眺めているのだった。

そんなことに時間を費やすよりは、
新聞を頭から信じて隅々まで読んでいるようなお年寄りや、
NHKが正しい事しか放送しないと信じ切って見ているようなおっとりとして善良なおじさん達に、

TVのワイドショーだけを毎日の楽しみにして慎ましく生活しているおばあちゃん達や、
遊びほうけて政治のことなど考えようとしないあんちゃんにゆっくり話しかけて、

少しでもネットの世界に慣れてもらい、より真実に近い情報に関心をもってもらい、
そうした窓口を楽しみにしてもらうようにアプローチを繰り返す方が良いのではないかと思うこの頃なのである。

そうした人々に話しかけるのは、意外と「勇気」や「根気」や「熱意」がいるもので、
なかなかそうした活動が向かない個性の人もいるのかも知れない

でも、
最後は投票会場での一票が決定権を持つわけで、
そこへつなげるためには、地道な、ゆっくりとした、丁寧な、語りかけが必要なのだろうと思うのだ。

雪合戦や水鉄砲みたいな形骸化した戦いに時間を費やしているよりも、
情弱層と呼ばれる新聞やTVを信じて過ごす高齢者や、
ダンス・バトルやゲーム・バトルに明け暮れる政治不信に迷う若者達の覚醒を促し、自覚を育て上げる。」ということが、より効果的に、より確実に、事実上の政治に対する国民の意識の「覚醒」に繋がる。
」、

という発想を持つことが今、より大切なのだと思うのである。

気長に、丁寧に、根気強く、
時間をかけて、誠実に、今動いている政治の現場にできるだけ近い情報に、
慣れ親しんで触れてもらう努力をすることがとても大切なことなのではないかとつくづく思うのだ。

僕にも、能天気で政治にはほとんど関心を持ってないように見えるネットが苦手な義兄がいて、
新聞とTVのワイドショーを唯一の情報源にしている歳を取った親もいる。

さらには、
創価学会に入信していて、その信仰をもって生きる糧としている友人も何人かいるのだ。

そういう人々にネットに繋いで、虎ノ門桜井よしこさんや高橋洋一さん達の話を聞くようにしたり、
新聞を解約させたり、TVのワイドショーを辛辣に貶すことなどなかなかしずらいものだ。

しかし、
そこに落ちている一票があり、捨てられる一票が実際に存在するのだ。

新聞を日課として読み、TVのワイドショーを楽しみに見続ける多くの高齢者や、
なんか面倒で政治に関心がないという若者達に向かって、

切々とネット情報や個人の政治に対する自覚が大切だということを延々と説くのは、
かなり根気と熱意の要る作業だとは思うのだけれど、

左派の展開する中身のない屁理屈や口汚い罵倒に溢れた攻撃の相手をするよりも、
我慢と信念の必要な働きかけだとは思うのだが、

実際に今、必要なのは、
そういうことではないのかと思うわけなのである。

私も微力ながらこんなブログを展開しているが、
林立する数々のブログやサイト、ツイッターなどを見渡した時、

どれ程、心を込め、怒りを込め、願いを込めて主張を繰り返しても、
わずか数人の読者に届くだけに過ぎないのかもしれない。

それよりも、
身近な高齢者のネット環境を整えてあげたり、
ネット番組の幾つかを具体的に教えてあげたりといった実質的なアプローチをした方が、

どれほど、
社会と国民の甘さを指摘し、政治家や企業家の自覚の無さを示し、
隣国の愚劣さの危機を描いて見せることにつながるかと、

この頃は、そんなことを強く思っているのである。

では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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126.問題は、そこじゃない気がする

  • 2021/04/30(金) 15:25:00

4月25日の地方選挙で、自民党が3連敗したと言われてる。

北海道、長野、広島の三つの選挙で、
どれも立民の息がかかった松本と、羽田と、宮口が勝ったからだ。

そのため、
自民にとっては「危機」なんだとさ。

でも、その選挙の実態を見たら、
僕には他の事がもっと気がかりになるんだ。


松本謙公 【北海道二区衆院】有権者数45、9958人  
 投票率30.46%(→非投票者数 31、9855人)             
 投票者数14、0103人  
 候補の得票数5、9664人(43、7%)
           
羽田 次郎  【長野参院】有権者数173、2060人
 投票率44.40%(→非投票者数96、3026人) 
 投票者数 76、9034人 
 候補の得票数41、5781人(54.8%)

宮口 治子  【広島参院】有権者数232、7323人 
 投票率33、61%(→非投票者数154、5110人) 
 投票者数 78、2213人
 候補の得票数37、0860人(54.8%)

つまり、
松本謙公は、約46万人いる有権者の内、
14万人しか投票に行かず、たった約6万人の得票で当選し、

羽田次郎は、約173万人いる有権者の内、
77万人しか投票に行かず、たった約41万人の得票で当選したし、

宮口 治子は、約230万人いる有権者の内、
80万人しか投票に行かず、たった約37万人の得票で当選してしまっているのだ。


いまどき、自民党にお灸を据えたいと考えて、
立憲民主党へ投票するという人間がいること自体信じられないけれど、

元々の投票率自体が、30%、44%、33%というのがひどすぎて、
どれほど自分達の社会の政治を蔑(ないがし)ろにしていて平気なんだって思うのさ。 

この現象は【北海道二区】・【長野】・【広島】に限ったことじゃないだろうから、
余計に絶望的な気分になるんだけど、

立憲民主党は、今じゃ立憲共産党とまで呼ばれるほど共産党と融合してしまっていて、
そのクズさ加減を増してるっていうのに、

そこに投票するっていう「どんだけ情弱な人間がいるのか!」って思うのさ。

若者は、面倒くさくって、遊んでいたくて、関心ないから投票へは行かない。

家族持ちは、他にやりたいことがあって、「どうせ政治なんて変わらないさ。」とか嘘吹いて行かない。

ジジ・ババは逆に、地方TVのワイドショーに煽られて、
どうせ暇だから非自民にせっせと投票するために律儀に出かけて行く。

特段「野党が力を伸ばした。」わけでもなく、「自民が危機的な状況。」なわけでもない。

ただ、若者がだらしなくて、多くの大人もだらしなくて、
年寄り達が情弱のままほったらかしになってるからに過ぎないんだ。

これが日本国中の状態だというなら、
政治はこれからも、お先真っ暗だなぁ、って思うのさ。

若い連中が、テキトウに遊び惚けてばかりいるのを黙って見てないで。

「ろくな政治家がいない。」と訳知り顔で嘆きながらしっかりと義務を果たして主張しない、
だらしない大人達のケツを蹴り上げて投票に行かせないと。

身の回りに驚くほどゴロゴロいる情弱ジジ・ババを一人でも多く早く覚醒させないと。

取返しのつかない国にどんどんなっていく気がするんだけどさぁ、
もう遅いんだろうかぁ?( ̄(エ) ̄;)

では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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125.埋め込まれた「アレルギー」

  • 2021/04/28(水) 13:55:00

私達が、
過去の「戦争」というものを考えようとした時、

いつも、そこには古色蒼然としたフィルターのようなものがかかっているのを感じるのだ。

それは「白黒写真がセピア色にまで染まってしまうほど時間が経った昔の事」で、

何か古臭く」、「悲惨で」、「ひどく悲しくて」、「間違いだらけで」。

日本中が訳の分からない状態だった頃の話で」、
辛い思い出」で、「もう終わったこと」で、「誰かが勝手にやったこと」で、

いまさら掘り返す必要のない」、「すでに終わったこと」で、

今の自分には、ほとんど関りがない」、
関係無い時代の出来事である」かのようにどうしても感じてしまうのだった。

考えたところで、そこから得るものもあまり無い」気もして、

つい「今更、何の目的で振り返る必要があるのか?」と自動的に自問してしまい、

そそくさとその場から立ち去ったところで何の良心の呵責も特に感じず、

いつも別の、もっと明るい、もっと楽しい事を考えた方が良いような、
その方が普通で、当たり前の感覚であるという気分に追い立てられるように、

それ以上、考えるのをやめてしまう自分が常にいるのだった。

だから、
自然とそこからそれ以上何も学ぼうとせず、
知ろうとせずともそれでもいいと思いつつ、

反対の「未来」や「希望」や「可能性」や「自由」といった、
どうしてもより明るい事について考えようとする気になって、

なおさら「戦争」について考える気分を片隅に追いやって棚に上げてしまい、
いつも(戦争についての)無知をそのまま置き去りにすることになるのだった。

なぜ、そんなことになってしまったのだろうか?

いつから、そんなふうになってしまったのだろう?

それじゃあ、まるでアレルギーみたいじゃないか。

そうやって「戦争の記憶」は、長く置き去りにされたままにされたため、
もう固く、冷たく、乾いてかたまってしまった粘土のように動かずただそこにあるばかりで、

私達の方から丁寧に話しかけなければ、何も自らを語ってはくれない遺物となってしまった。

時間が経ちすぎてしまって、「記憶」自身が生々しく、自由に、のびのびと、
あるがままに戦争を詳しく語れた時代はとうに終わってしまったのだ。

爺さんも、親父も、母さんも、
戦争の事など話そうとはしなかった。

すっかり疲れていたからか、嫌気がさしていたからか、
忘れたかったからなのか、私達子供の気分を大切にしたいという優しさからであったのか、

戦争中の苦労も、日本人が頑張ったことも、
外国の冷淡な振る舞いも、悲惨で苦しかった思い出も、

ほとんど何も語らずに黙って行ってしまった。

その世代から既に戦争の記憶の隠蔽が始まっていたんだ。

日本国民自身が自国の過去を憎み、後悔し、嫌悪し、忌み嫌うように、

戦争についての記憶を国民の気持ちとは全く違う色に、
まるで塗り絵の彩色を勝手な色に変えるみたいに、

語れないように、考えたくならないように、目を背けるように、
憎しみを煽るように、後悔しか残らないように、、、。

ラジオで、TVで、新聞で、雑誌で、教育で、、、。
繰り返しラジオで、TVで、新聞で、雑誌で、教育で、、、。

さらに繰り返しラジオで、TVで、新聞で、雑誌で、教育で、、、。
何度も何度でもラジオで、TVで、新聞で、雑誌で、教育で、、、。

何が本当で、何が嘘か分からない事を、ラジオで、TVで、新聞で、雑誌で、教育で、、、。
いつまでも終わる気配なくラジオで、TVで、新聞で、雑誌で、教育で、、、。

終いには、
日本人自身が作り出した嘘までラジオで、TVで、新聞で、雑誌で、教育で、流し続けた。

そしてそれは今も、すっかり方向性が決まってしまっていて、
ラジオで、TVで、新聞で、雑誌で、教育で、作られた記憶の二度塗り、三度塗りが続いている。

洗脳」という言葉は、
スパイや新興宗教に対してだけ使う言葉ではなかった。

一国の国民全員に対して世代を越えて行う「洗脳」というものもあったのだ。

それが、
WGIP(ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム)の真の姿である。

全てはそこから始まった。

終戦時の国民の数、約7200万人に対して一斉に、徹底して始まった、
一国家、丸ごとの洗脳攻撃の結果が、

76年経った今も、
共産党にかぶれる馬鹿な半端者をいまだに次々とほじくり出して国会へ送り、
メディアにたむろして偽記事を駆使して遊ぶジャーナリスト達を甘やかし、

平和とか友愛、反戦とか非核、さらには、非差別とかLGBTとか、
次から次と流行りの屁理屈に浮かれる中二の厄介者をたくさん湧かしては、

そうした新興宗教の信者に囲まれたパーティー気分で「新聞」は発行され、
記者会見ではスクラム組んでしつこく政府に無駄に噛みつき続ける。

TVのワイドショーを目隠しに使って、
この国をまるで赤子のように無防備で、無抵抗で、
自由にしゃべれないように押さえつけ、

好き放題に食い散らかし、イビリ倒し、いたぶって、蹴散らかして暴れ回り、
ドヤ顔で的外れな事しか言えない不勉強な屑野党をいつまでも守り続けてしまっているのだ。

WGIPは、
日本」という国家が、世界ではじめて犠牲者となったのだろうが、
それは「人類史上、最も罪深く、狡猾で、許しがたい戦争犯罪」であって、

一つの国の国民丸ごと、何代にも渡って過去を振り返って考えようとする思いを失わせる。」、
恐ろしく非人道的な効果を秘めた卑劣な攻撃と言えるものだったのだ。

私達は、もう一度、その攻撃がはじまった時点までしっかりと舞い戻って、
アレルギーの源を完全に取り除かなければならないのである。

では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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124.不気味な予感、根拠なき確信

  • 2021/04/22(木) 15:30:00

この頃、
私がひたひたと感じている恐怖は、

その根拠を示せと言われたとしても、
明確な証明がなかなか難しい事柄なのだが、、、。

中国という国が、
発展途上国とみなされていた時期に世界が考えたのは、

中国の経済が大きく発展し、他の近代国家のありようを、
政治家ばかりでなく、多くの国民がじっくりと概観できるようになったら、
おそらく民主的な国家というものの良さに気づき、

 それが最も人々の営みの理にかなっていて、
最大多数が幸せになるための方法として最も有効なのだということに、
いずれは気づけるようになるだろう。
」という期待だったのではないか。

だから、ある国は経済的に援助を続け、
ある国は技術援助を盛んに続け、
人道援助と呼ばれる数多くの支援を各国はできる限り続けてきたのだと思う。

しかし、近年になって、
そうした思惑、期待、読みが実は、「甘かったのではないか」、「間違っていたのではないか」と、
世界は次第に気づき始め、後悔し始めているように感じるのだ。

経済が少しづつ安定して発展しはじめたのにもかかわらず、
「友好」を掲げながら世界中から技術を盗み、情報を盗み、支配権を買い取り、
同情を買いながら一方で、他地域を制圧し、他民族を抑圧し、他文化の同化を強行しはじめる。

その上で、
いつまでも発展途上国の仮面を手放さずに、
世界を欺きながら権力機構を固めて軍事力だけは静かに蓄え続ける。

その根底にある驚くほど前近代的で野蛮な強欲さと、したたかな悪どさ。

いつまで待っても一向に表れてこない誠実さとか順法精神とか協調性。

当たり前の近代国家らしい振舞いをいつまで経っても覚えずに、
国家として進歩・発展するにつれて出現するのは、
全く逆の前時代的な抑圧や強権、搾取や殺戮といった悪しき民族性ばかり。  

反省や後悔、謝罪や賠償の気配など全く見せることもなく、
余計にわがまま・勝手になり、狡猾・愚劣になり、

開き直って強気で無礼になり、
無謀・無秩序な邪悪さの持ち主に変身するばかりなのだ。

そして、
終いには次々と所かまわず隣国に噛みつきはじめる。

そんな様子を見ていて感じる不気味な予感

今更、誰も根拠を示せとは言わないかもしれないが、
私にはかなりの現実感がある。

はっきり言おう。
漢(民)族は、民主的という感覚を理解する遺伝子を持たない人種・民族であるから、
 元々、自由・平等・人権を尊重する近代国家というものを建設する能力を持ち合わせていない。
」と。

その意味は、現在の中国の無謀な振る舞いの原因は、
単なる”田舎者の強欲“とは本質的に違うもので、

「遺伝子的に、野蛮で、粗悪な、劣勢遺伝子の質からくる問題で、
修正は到底、不可能なのではないのか。」という意味である。

つまり、今後何年、何十年経っても、
現在の国を牛耳ってる共産党という組織が駆逐され滅びたとしても、

民衆そのものの大多数が元々、
近代的な多くの人類と共生し発展していくには適さない種族で、
いつまでも現在と似たようなことを繰り返していくに違いないと感じるのだ。

これは早計過ぎる、民族性に対する誤解だと言われるかも知れない。

しかし、
これまでこの民族が見せてきた悪質な、自浄能力の無さを思うにつけ、
どうしても人種的な人材不足・能力不足・資質不足を疑わざるを得ないのだ。

今後、漢(民)族の経済がどれほど発展・充実しようと、
文化・文明が外見上、どれほど豊かになろうと、

命がけで政府の転覆を試みる民衆の奮起のエネルギーは基本的に弱く、乏しく、

人々の素朴な思いや願い、希望や意志を反映させて、
人権を尊重し、文化を発展させて守りながら国を作っていくという、

人類基本の理念を実現することはいつまでも出来ず、
近代的な国家を建設することから逆に次第に遠ざかっていくばかりではないかと予感させるのだ。

そのため、
多くの国々との価値観の平行線はいつまでも終わることなく、
その延長線上に最終的な決着をつける戦いが待ち受けているのを感じさせるばかりで、

おそらく、今後、どこかで必ず、
そうした前時代的で非人道的な民族である漢(民)族と、
近代的な進化を目指している多くの国家との間で、

相互に淘汰をかけた戦端が開かれずにおれないような気がする。

それが局地戦になるのか、第三次大戦となるかは分からないが、
いずれはどちらかの完全な殲滅をかけた激烈な戦いになる気がするのだ。

これは、今は単なる私の予想に過ぎないつもりでいるが、

もしかすると、この闘いはもう既に、
静かに始まっていると言えるのかも知れないとも思うのだった。

では次回もまた、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


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